随意随想

「食」で考える

大阪宅老所・グループハウス連絡会監事 竹村 安子

 93歳の母が亡くなって約1年9か月が過ぎようとしている。約17年前に就寝中に脳梗塞をおこし、その後は車椅子での生活となった。そのため、バリアフリーの住いを捜し、約13年前に現在住んでいるマンションに住み替えた。バリアフリーをうたっているということもあり、当初から中高年者が多く住んでいるというマンションであった(私と母もそうであったが…)。

 そして、13年が過ぎ、何人かおられた高齢者の姿が見えなくなった。

 お一人は部屋の中で亡くなられていた。新聞がたまっているのを新聞配達員が不審に思い、管理人に連絡して、警察を呼び、扉を開けたところ亡くなっておられたということであった。新聞を取っておられたので、まだ早く見つけることができたのだろうと、マンション内で話していた。

 その後、マンション内の集会所で月1回、おしゃべりサロンが始まった。

 子供がまだ幼い時にマンションに入居すると、子供や学校を通じてママ友ができ、マンション内で餅つきやこども会などの活動が生まれ、周りの地域団体との交流が進み、町会への加入も進んでいくようである。しかし、当初から中高年者が多く住むマンションでは、なかなか交流が進みにくいようで、「住民活動」や「市民活動」が始まるには「きっかけ」が必要なのかと思う。

 また、マンション内で最近よく目にするのが食事の宅配サービスや食材の配達サービスである。生活協同組合、わたみ等々の業者がお弁当や食材を配達している。

 私は、大阪市社協に勤めていた時に、現在も多くの地域で役員の方々の努力で取り組まれている一人暮らし高齢者等を対象とした「ふれあい型食事サービス」を担当していた。食事を保障するというよりも、高齢者同士の交流や高齢者と地域で活動している人たちとのつながりを深め、それらを通じて「高齢者を見守っていく福祉の町づくり」を進めていくことを目的とするという事業である。

 まだ担当している頃に、ある地域の役員さんから「月2〜3回の食事で、食事サービスと言えるのか」とお叱りを受けたこともある。が、その後、地域での高齢者福祉活動として大阪市内の多くの地域で取り組まれて定着している。その後、高齢者だけでなく誰でも利用できる対象者を限定しない「喫茶サロン」活動、「子育てサロン」などの活動が各地域で取り組まれるようになってきた。

 私は、高齢者だけでなく、子供たちやその他の年代の人たちにとっても「食事サービス」というのは、非常に重要だと感じている。行政の制度やサービスでは利用者は限定されるが、老いも若きも、子供たちも共に集い、慎ましくても心のこもった、できるだけ安価な食事を皆で楽しむ、来られない人にはお弁当を配食する。その活動の担い手の中心は、60歳以上のまだまだ元気な人たち。活動する人はこの活動を通じて友達をつくり、生活を楽しむ。そして、活動者を支えるのは地域団体やNPOなどの住民・市民活動団体で、そこで働いているのは、地元の20歳代から50歳代の人たち。

 住んでいる地域で活動しながら、地域の高齢者や子どもたちと交流する。そのことを通じて「地域」を理解し、愛し育み、地域の醸成していく「地域力」が育っていくのではないだろうか…。

 「夢」だといわれると、そうだろうなぁーと思いながらも、もう少しだけ、「夢」を追いかけて、自分ができることをしてみたいと思っている。

 考えてみると、「高齢者」と言われる人たちの生活環境は幼少の頃から大きく変化してきた。その中の一つは「人と人とのつながり」が希薄化してきたことだろう。これは、高齢者だけでなく私たちの生活そのものが、「人と人とのつながり」がなくても便利な生活ができるようになってきて、自然と人間関係が希薄化してきたからではないだろうか…。

 バリバリの「会社人間」といわれるぐらい働き、心身とも元気で、「病気」は自分の生活には関係ないと思い、周りには家族や友人たちがいて…という時には、近隣の人たちとの「つきあい」はむしろ「うっとおしく」思っていることが多い。しかし、高齢になってくると、徐々にそれらが欠けていく。その時に、「老後のこれからの暮らし」を考えざるをえなくなると思うのだが…。

 それに気づき、自分の生活を改善していこうという気持ちを持てたらと思うが、「ものうさ」な私にはなかなか難しい。でも、その中で「一歩」でも進もうと、自分自身を叱咤激励しているこの頃です。

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