随意随想

コロナ禍の運動はリスクを上げる?下げる?

同志社大学教授・運動処方論 石井好二郎

 まず初めに、私の父であり、大老連前副理事長の石井好男が本年4月22日に91歳にて永眠いたしました。生前に賜りましたご厚情に故人になり代わりまして深くお礼申し上げます。

 さて、新型コロナウイルス(以下新型コロナ)の感染拡大から1年半以上が経過しました。日本各地で緊急事態宣言が発令され、それと同時に各地の様々なイベントや社会活動が中止となりました。国民に対しては、「密閉空間」「密集場所」「密接場面」のいわゆる「三密」を避けるよう注意喚起が行われています。また、高齢者は重症化しやすいため、感染予防は他の世代と比較し特に重要視されています。

 しかしその一方で、外出自粛によって閉じこもりや社会参加の抑制を促し、フレイル(要介護予備軍)・要介護・認知症の進行が進むことも危惧されています。高齢者における新型コロナ感染症拡大前後の一週間あたりの身体活動時間はフレイルの有無に関係なく、約3割減少していたことが報告されています。高齢者にとり新型コロナの感染拡大は、感染症という一次被害だけでなく、社会活動や人とのかかわりが絶たれ、健康状態が悪化する二次被害にも気をつけなければなりません。

 筑波大学の山田実教授らの調査によると、新型コロナ感性拡大以前の2015年度は高齢者のフレイルの占める割合は11%でしたが、コロナ禍となった2020年度は16%に増加しました。また、この調査では、近所づきあいが無く、一人暮らしであった高齢者にフレイルが多く発生したことも明らかとなっています。一方、山田教授らは、コロナ禍によって全国で、プレフレイル(フレイルの前段階)が約253万人、フレイルが約130万人、それぞれ増加することを推定しました。その結果、今後5年間では、要介護者が約38万人増加することが推計されています。要介護者の増加は介護給付金の増加に繋がり、5年間の介護給付金は非コロナ禍であれば約5兆626億円と推計されていたものが、約5兆9800億円となり、コロナ禍によって9174億円増加することが予測されています。さらに、今後5年間の死亡が約25万人増加することも推定されています。2021年10月8日付の厚生労働省の発表では、新型コロナ感染による累計死亡者数は17895人です。すなわち、新型コロナ感染死よりもコロナ禍の生活の方が、遥かに多くの死者を出すことが予測されているのです。「救える命を救いたい」は新型コロナ感染や医療崩壊以外に、コロナ禍での自粛生活にも目を向けなくてはいけません。

 感染リスクから運動を自粛されている方も多いと思われますが、英国のグラスゴーカレドニアン大学やベルギーのゲント大学の研究により、ウォーキングやサイクリングなどの「活発な運動を週に150分以上」継続して行うことにより、市中感染リスクを約31%低下させ、また感染症死亡リスクも約37%低下、さらに運動がワクチン予防接種の効果を約40%も高めることが示されました。習慣的に運動を行うことにより、臓器・組織が強くなり、感染症リスク低下につながる免疫力の向上も認められました。著者らは、「習慣的な運動が感染症に対する抵抗力を高めることを示している。市中感染症への罹患や感染症による死亡のリスクを減らし、またワクチンの効力を強化するために、さらには現在の新型コロナパンデミックの影響を軽減するために、一般の人々の習慣的な運動は推奨されるものである」と述べています。

 私は、いち早く研究の動向を知り得ることが有効であることから、米国の新聞を数社ネットで購読しています。2020年3月、米国のフィットネスジムでクラスターが発生しジムが閉鎖され、ソーシャルディスタンスが保たれていれば安全に貧富の差に関係なく実施できる「パンデミックに最適なスポーツ」としてジョギングが紹介されていました。一方、同時期に、東京都の担当者が、「とにかく家にいることが基本です」と答え、ジョギングなど屋外での運動を「控えてほしいこと」と述べていることを紹介するニュースを目にしました。わが国は新型コロナの初動対応に大きなミスをしていたのです。

 その後も、現在に至るまで、非科学的な情報により、コロナ禍での運動不足による健康二次被害が危惧されています。「三密」という言葉は、強いメッセージ性を持って、それこそウイルスのように人々に拡大しました。しかしながら、「三密」の回避に加え、私たちは「二活」、すなわち、「身体活動・社会活動」を実施しなければ、ウィズコロナの時代を暮らしていけないのです。低リスクな屋外での運動を取り入れながら、「三密」の回避を考慮した社会交流を行うことです。新型コロナ感染死よりも、自分で自分の首を絞めているような悲劇が多いことに気づく時が来ています。

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