随意随想

「東日本大震災の被災者を悼む…地域再生への願い」

関西学院大学教授 牧里 毎治

忘れもしない3月11日14時46分、三陸海岸沖を発生源とするマグニチュード9・0の地震が発生してから一ヶ月が経った。いまだに被災の全容が解明されない未曾有の大地震は、計り知れない被害を広く東日本一帯にもたらしている。地震のみならず、想像を越えた大津波とあっという間に広がった大火災が、根こそぎ町を破壊し、瞬く間に町を村を焼き尽くしてしまった。多くの人命と財産を灰燼に帰してしまっただけでなく、地域復興と生活再建の願いさえ奪い去ろうとしている。主要幹線の破壊は人命の救出と行方不明者の発見を困難に陥れるのみならず、ライフラインの復旧および緊急支援も難しくしていた。さらに地震と津波による原子力発電所の破壊が放射能漏れによる二次被害をもたらすという危険と不安に被災者を追い込んでいる。阪神大震災を想像以上に上回る被害と混乱をもたらした東日本大震災は、いまだに死者と行方不明者を正確に把握することができず、政府発表による安否の確認さえできない人の数を塗り変えている。村ごと町ごと生活を破壊し奪ってしまった被害の規模と深刻さはその甚大さを測ることを不能にし、地域社会の生活再建や経済復興さえ先の見えないままである。

この広域にわたる震災の被害の影響は、東日本の一部の被災にとどまるものではなく、日本社会全体に広く、深く傷を残すものになるだろう。すでに稼働し始めた工場でもフル操業ではなく、多くの部品工場が納品できなくて被災地外の自動車生産工場や家電製品工場の減産を余儀なくさせているという。余談になるが、被災地への救援物資のうち飲料水が大幅に不足している原因は、都市部での飲料水の買い占めなどもあるが、ペットボトルのキャップが足りなくて運び込めないのだという。ペットボトルの本体と飲料水は供給できるのだが、プラスティックのキャップを生産している多くの工場が地震で被災したために被災地に飲料水を搬入できないのだという。今日の日本の生産システムは、日本列島全体に部品生産工場が分散し、分業と協業の体制のなかで操業しているので、一地域の生産ストップが日本経済全般に影響を及ぼすのだそうだ。その意味では震災からの経済復興は気の遠くなるほど長く時間のかかる、想像を絶した厳しいものになるだろう。まさに根底から破砕された地域社会を再生する復興の取組は、東日本の被災地だけの問題ではなく日本社会、日本経済の問題なのだ。つまり、被災地の生活再建、地域復興は、今後の数十年にわたる日本社会の経済・政治・文化に多大な影響を与える重大課題であり、その意味からも日本全体での息の長い支援と連携を必要とするものになるだろう。

このような危機状況にあって、すでに全国各地で被災地支援や被災者の受け入れが続けられている。現地ニーズの早急な把握と支援の具体的な方法と可能性を確実に把握すべく職員を派遣したり、震災救援ボランティアを派遣し続ける市民団体も多く存在している。多額の義捐金や支援金募金も市民、企業、団体と多岐にわったって集められている。これから復旧、復興、再建の段階を経ながら、長く支援活動が続くことを願う。あまりにも広域的で被害甚大な震災であったために、東日本にかぎらず日本社会全体にどのような影響をもたらすのか想像がつかない。これからの復興の過程で壊滅状態の地域社会では自治体づくりから再生しなければならないところもあるし、放射能漏れが危惧される地域ではゴーストタウン化する懼れさえある。電力供給の減退が広く日本社会全体に減速経済をさらに強いることになるかもしれない。その意味では、これまでの贅沢な電力エネルギーの消費も控える生活のあり方の見直しも必要かもしれない。風評被害で福島県や茨城県の農産物や魚介類が売れなくて、仕事を失いかねない経済危機に捨ておかれている人たちもいるが、被災地の人びとへの支援は、現地の雇用を生みだし仕事を再開できるよう生産物を積極的に購入することなのではないだろうか。

一言で地域再生と言っても容易なことではないが、被災地域に雇用や仕事を創出することを私たちは支援しなければならないし、支援できるのではないかと思う。被災地の被害状況にもよるが、生活に関わる福祉や介護、保育や教育などを仕事にできるように雇用需要を生み出すことが当面の課題だろう。仮設住宅の建設にしても日用品の店舗開店にしても被災地の人たちを優先雇用することはできるだろう。たぶん最終的には被災地で生産される商品を被災地以外の市民が購入できるようにすることが支援かもしれない。

寄付やボランティア支援だけでなく、地場産業を育てる支援のための市民による社会的融資や社会的投資も必要だろう。1995年の阪神大震災の経験をふまえて、私たちは地域再生、生活再建に何が必要なことなのかを学んできたと思うのである。災、転じて福となす。悲惨の現状から起ち上っている人びとと連帯し続けていきたいと思う。

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