随意随想
「結核のはなし」
大阪市保健所北部保健医療監 天津 弘二
平成11年107・7↓平成21年49・6。いきなり数字の話で恐縮ですが、これは大阪市の中で1年の間に新たに結核を発病した人を人口10万人あたりの数で表したものです。これを見ると10年間で半減しており、結核は大変少なくなったと思われるかも知れません。ところが日本全体を見ますと平成21年では19・0という値ですので、これに比べると大阪市は約2・6倍となります。また、世界において結核の少ない国では4〜5ぐらいですので、これらの国と比較すると約10倍も多いということになります。まだまだ大阪市では結核は少なくなっていないと思っていただけるでしょうか。
結核は結核菌によって起きる病気です。結核という病気がいつ頃からあったのかはよくわかりませんが、エジプトのミイラにも見出されるということですので相当以前からわれわれ人類を悩ませてきた病気です。新撰組の沖田総司や長州藩士の高杉晋作、音楽家の滝廉太郎、文学者では正岡子規、樋口一葉、梶井基次郎などが結核をわずらっていたことをご存知の方も多いと思います。国内にまん延していたため国民病ともいわれましたが、実際、昭和初期から昭和25年までは結核で亡くなる人が一番多くなっておりました。
結核には不思議なところがあります。菌やウイルスが体に入ることを感染といいますが、感染した中で実際に病気になる(発病といいます)人は結核では1〜2割といわれます。また、感染から発病までの期間(潜伏期といいます)はインフルエンザでは数日ですが、結核では、免疫が低下した人の場合などを除けば早くて4ヶ月かかります。その後2年後までに病気が見つかることが多いのですが、感染から数十年のちに発病してくることもあります。例えて言いますと見張りがしっかりと見張っているときはおとなしくしているのですが、見張りが手薄になったとき(体が弱ったときなど)に暴れだすようなものです。特に高齢者の結核はこのような現れ方をすることが多いと思われます。また、現在大阪市の人口で60歳以上の人の割合は約3割ですが、一方、結核を発病する人の中では60歳以上の人が約6割を占めるにいたっており、この点においても結核に対する構えが必要です。
ところで結核に特有な症状はどのようなものでしょうか。肺結核の五大症状といわれるものには咳、痰、血痰(血の混じった痰)、発熱、胸の痛みがあります。その他、体のだるさややせなどが出てくるときもあります。ただ、これらの症状は結核以外の病気にも認められるもので、それだけでは必ずしも判断はつきません。また、厄介なことに病気が始まっているのに症状がまったく出ていないということもあります。健康診断の胸部レントゲン検査で陰影を指摘され、詳しく調べると結核であったということも珍しくありません。
ではどうすれば結核をはやく見つけることができるでしょうか。なかなか難しいことですが、どういうときに結核の程度が進行してしまっているかを考えると参考になると思います。先ほどの症状が長く続いているのになかなか検査にいかない、或いはいけない場合、中には動けなくなるまで受診しないようなケースもありますが、このような場合にはかなり病気が重くなった状態で見つかることがあります。「長引く咳は赤信号」という結核対策の標語がありますが、症状が長く続くときには医療機関で確かめてもらうことが早期発見、早期治療につながります。また、糖尿病、じん肺、透析中、免疫の低下している状態などではそうでない場合に比べ結核を発病する危険性が高くなってきます。生活習慣病対策や病気の適切な治療に加え、定期的な胸部レントゲンのチェックをしてもらうことが重要だと思われます。
結核は治りうる病気です。中には薬が効きにくい菌であったり、副作用のために使える薬が制限されたりして治療に時間がかかることもありますが、基本的には正しく治療すれば治る可能性の高い病気です。そのためには確実に薬を服用することがとても大切です。といっても薬を毎日忘れずに続けることはたやすいことではないと思います。最近ではDOTS(ドッツ)と呼ばれる、服薬を確認して支援するという方法が普及してきました。もともとは目の前で直接薬を服用してもらうのが基本ですが、入院時以外は難しいため様々な方法がとられており、治療の完結に貢献しています。
結核は少なくとも数千年にわたって人から人へと移っていくことによって存在し続けてきました。今すぐ結核をなくすことは困難ですが、適切な対応をすることによってさらに減らしていける病気です。この先10年後には半減、或いはそれ以上の改善を期待したいと思います。