随意随想

「運動は、ほんとうは悪い?よい?」

NPO法人JMCA理事長 羽間 鋭雄

厚生労働省は、一生のうちで健康面の支障がなく日常生活を送れる「健康寿命」と「平均寿命」の差が、2010年において、男性が9・22歳、女性が12・77歳の差があると発表しました。世界に冠たる長寿国日本の現状は、実は、寿命が尽きるまでの最後の10年を、自力で生きることができず、人に生かされながら寿命を迎えるということなのです。  健康長寿の望ましい姿は、まず自力で自由に動けるということだと思います。そのため、望ましい健康長寿を全うするためには、日ごろから欠かすことなく運動を続けることが必要です。では、健康長寿のためにはどの様な運動をすればよいのでしょうか?

50年近く前、米国の運動生理学者ケネス・H・クーパーが、宇宙飛行士の心肺機能トレーニングの一環として開発した有酸素性運動(エアロビクス)は、その後、日本に紹介され、空前のフィットネスブームを経て、現在も、健康づくりの重要な柱の一つとして広く普及しています。そして、その延長線上に、現在の、空前のマラソンブームが繋がっていると思われます。

有酸素性運動とは、酸素を利用して糖質と脂肪からエネルギーをつくる有酸素性エネルギー代謝による、理論上はいつまでも継続できるような緩やかな運動のことをいいます。脂肪をエネルギー源として使うため肥満改善に有効だと考えられています。一般にエアロビクスとして認識されている、軽快な音楽に合わせて跳んだりはねたりする運動も、何十分でも続けられる程度の強さでなければ純粋の有酸素性運動とはいえません。

一方、酸素なしで、糖質からエネルギーをつくる無酸素性エネルギー代謝によるウェイトトレーニングや短距離走などのように、短時間で疲労困憊になるような運動を無酸素性運動(アネロビクス)といいます。

もともと、筋肉肥大を目的としたウェイトトレーニングが盛んであった米国で、肥満改善に有効なエアロビクスが脚光を浴びたのは、当時も今も変わらず、心臓血管性疾患(心筋梗塞、狭心症)が死因の第一位であり、その大きな原因である肥満の改善が課題であるという米国独自の社会的背景があったと思われます。しかし、わが国では、米国のそのような背景とは関わりなく、エアロビクスが紹介されてからつい最近まで、筋トレ(ウェイトトレーニング)は、健康づくり運動として不適であるとされ、エアロビクスが健康づくりの主役として位置づけられていました。

最近は、有酸素性運動の効果として、肥満改善のほか、「酸素を多く摂りいれることが良い」という説も見られ、また、基礎代謝を高めるために「筋トレ」も必要だとの話も聞きます。この、「酸素を多く摂取する」ことと「基礎代謝を高める」ことの、健康長寿にとっての「是非」をちょっと考えてみたいと思います。

「酸素を多く摂取する」ことについての結論から言えば、酸素は体が消費する分だけが摂取されるのであって、余分に摂取したり、ましてや蓄えておくことはできません。また、酸素は、運動の強度に比例して多くの量が必要なので、弱い強度の有酸素性運動が酸素を多く摂取するということ自体が間違っています。強い無酸素性運動では、運動の後に、激しい呼吸を続けて運動中に不足した酸素分を摂り戻すため、単位時間における酸素摂取量は強い運動ほど多くなるはずです。

「基礎代謝を高める」ことについては、「肥満改善」と「免疫力向上」に有効であるといわれています。一方、猛毒であり、多くの疾患の原因とされている「活性酸素」の観点から見れば、運動で酸素摂取量を高めることも基礎代謝が高いことも、それに比例して活性酸素が増えるため有害であるといえます。

また、蛋白質、脂肪、炭水化物から発生する熱量を算定したルブナー指数の創始者であるマックス・ルブナーは、体表面積あたりのエネルギー代謝が大きい動物ほど寿命が短いことを明らかにしています。さらに、「酵素のはたらきこそが生命の営みそのもの」といわれるほど重要な物質である酵素の観点から見れば、ルブナーはまた、温度上昇に伴って活性度が上がると同時に寿命が短くなり、温度低下による活性度の低下ともに寿命が延びるという、酵素の活性度と寿命の間に明らかな反比例の関係が見られることを発見して、「動物は、その生涯に予定された一定の活動を終われば消耗して死に至る」という寿命の法則を提唱しています。

また、近年発見された、長寿遺伝子サーチュン(Sir2)は、カロリー制限によって活性化することが話題になっていますが、カロリー制限は、基礎代謝の低下につながり、基礎代謝の増加は寿命を縮めることになります。

このように、運動の功罪を見てくると、運動は、寿命を延ばすことには、むしろマイナス面が多いように見えてきますが、昨年70歳を迎えた運動の専門家である私は、かなり前から、きっとその通りだろうと思っています。寿命を延ばすことだけを考えれば、必要最小限の栄養を摂り、運動不足による疾患から逃れられる最低限の運動をして、良い環境で、心穏やかに過ごすことが最適だろうと思います。

しかし、このような仙人のような生活を望まないほとんどの人にとっては、このような生活が幸せであるとは思えません。やはり心身ともにいつまでも活動的でありたいと願っておられると思います。そのためには、日ごろから動き続けるしかその願いをかなえる方法はありません。はっきりしていることは、日ごろ発揮している体力は維持され保障されますが、使わない体力は、年齢を重ねるほど、見る見るうちに衰え、なくなっていってしまいます。

たしかに、エネルギーや体力を消費する運動をすればするほど寿命が短くなるという研究も見られますが、限度を超えないかぎり、健康にとって運動が害を及ぼすという考えは正しくありません。有酸素性運動、無酸素性運動を問わず、無理をしない(疲労を蓄積しない)適度な運動は、明らかに健康に役立つとともに、健康長寿の必須の条件の一つです。  難しいことを考えず、ただひたすら、毎日、歩き続けましょう!

随意随想 バックナンバー