随意随想

「私達市民にとって「法律」ってどんな意味をもつの?」

大阪弁護士会所属 弁護士 桐畑 芳則

一.法律とは、法律用語辞典では憲法の定める方式に従い国会の過半数の議決を経て制定される国法の形式とあります。そして、法律の効力は憲法及び条約に次ぎ政令、条例など他の法形式の上位にあるとされています。

では、このように定義される法律は、私達市民にとってどのような意味あいをもつのでしょうか。逆に、もし法律がなければ私達市民はどうなるのでしょうか。法律がないとなると、国民に対する国や地方公共団体の権力行使が恣意的に濫用され、弾圧や強制等の圧政が平然と行われることになります。このことは古今東西を問わず過去の歴史が物語っています。

また、一方、私達市民の社会生活を規律する法規範がなく、自由放任となると、好き放題、やりたい放題でやった者勝ち、すなわち弱肉強食といった無秩序、無制約といった状態となり、混乱し渾沌とした社会に陥ってしまうでしょう。このような国や社会にならぬよう人間の歴史的知恵として産み出されたのが法律なのです。

いわゆる、法治主義、法治国家、罪刑法定主義、法の適正な手続といった国家権力作用に対する概念もすべて右の精神・思想に基づいています。また、後述の、私達市民社会生活を律する、市民法、労働法、消費者法、住宅法等の私法も右で見た精神や思想を背景として制定されています。

二.日本は法治主義であり、法治国家であるとよく言われます。前者は国家権力の行使は全て法に基づいて行われなければならないという主義であり、後者は法治主義を原理とする国家のことを言います。

罪刑法定主義というのは、人は、いかなる行為が犯罪となりどのような刑罰が科されるかは当該行為がなされた時点に既に制定されている法律によってしか罰されない、との刑罰の基本原則を言います。また、法の適正な手続というのは、何人も適正な法の手続によらずに国から生命、自由又は財産を奪われないという原理であり、専ら刑事手続における人権保障の原則となっています。

三.法律が、私達市民社会に私法という形を中心として機能している面

私法というのは公法に対する概念であって、私人相互間の社会・経済生活における権利義務を規定した法律を言います。

その主なもののカテゴリーとしては、「市民法」、「企業法」、「労働法」、「民法特別法」があります(但し、このような名称の法律が制定されているわけではありません)。

では、右の各カテゴリーの中の具体的法律を概観してみます。

(一)市民法の典型は民法です。一八九六年(明治二九年)に制定され今の社会にそぐわなくなっている規定もあることから見直しが検討され、つい最近、法制審議会が民法改正の中間試案を発表しました。但し、民法典の中の親族・相続編(これを、「家族法」ともいう)については一九四七年(昭和二二年)に改正済みです。広義の家族法の中には、事理弁識能力に問題のある人の財産を管理し身上監護を図る成年後見制度を定める民法の諸規定や任意後見契約に関する法律及び離婚や離縁、親子関係の訴訟手続等を定める人事訴訟法も含まれましょう。他の市民法としては、金銭貸借における利息の最高利率を定めた利息制限法、配偶者からの暴力を防止すること等を定めた、いわゆるDV法や自動車の交通事故による損害賠償に関する権利義務を定めた自動車損害賠償保障法等があります。

(二)企業法は、会社法と商法を中心とする、企業や企業活動をめぐる利害関係人の私的利益の調整を図るための特別法と言えます。広義の企業法に入る法律としては、金融商品取引法(平成一八年の改正前の「証券取引法」はその前身)、手形法や小切手法、特許法や実用新案法や著作権法等の知的財産権法、不正競争防止法を挙げることができます。  会社法は、平成一七年にそれまでの商法の中から飛び出て単独法として誕生し、翌一八年五月から施行されているものです。このような抜本的な商法改正は日本企業の大多数を占める中小企業を念頭において活動しやすい法制度にすることが目的です。

(三)労働法というカテゴリーの中の具体的法律は、何といっても労働基準法、労働組合法、労働関係調整法の労働三法でしょう。この中でも、労働者の権利の擁護等を定めた労働基準法が中心的法律でしょう。広義の労働法には、人を労働者として派遣する業について定めた人材派遣事業法や職業安定行政の基本となる法律である職業安定法も含まれます。

(四)民法特別法としての消費者法としては、平成一三年四月から施行されて消費者救済に大きな働きをしている消費者契約法、特定商取引に関する法律(旧の訪問販売法を名称を変更した上で改正)、割賦販売法、金融商品販売法があります。

 消費者契約法は今後も私達市民にとって注目すべき法律と言えます。例えば、事業者が消費者との間で商取引を行う際に不実を告げ、あるいは断定的判断を提供したり、あるいは不利益事実を故意に告げなかったりしたため、消費者が瑕疵ある意思表示をした場合は、消費者は一方的にその契約の申込みや承諾を取り消すことができるのです。他方、民法特別法の住宅法には、借地借家法(平成三年にそれまでの借地法、借家法が一本化され、平成四年八月から施行)や建物区分所有法(マンション法とも言われます)があります。

 以上見てきたように、右の各種の私法を中心とした法律が制定されて存在しているお蔭で、私達市民は社会生活や経済生活上の、私人間相互におけるさまざまなトラブルをいつも抱えかねないリスクを大いに回避できていると言えるのです。

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