随意随想

105歳の世界記録保持者

NPO法人JMCA理事長 羽間 鋭雄

 昨年、京都マスターズ秋季記録会に出場した105歳の日本人男性(宮崎秀吉氏)が、100mと砲丸投で、ギネス世界記録に認定される快挙を成し遂げました。
 私は、自分の体力が加齢とともにどのように低下していくのかを見極めたいとの思いから、15年前から毎年、筑波大学スポーツ医学研究科で体力測定を実施して記録の変遷を観察していますが、73歳になった現在に至るまで、ずっと体力年齢は45歳前後で推移しています。何歳くらいまでこの体力が維持できるのか自分自身で楽しみと興味を持っていますが、そんな私にとっては、今回の出来事は、105歳という年齢とともに、人間の持つ能力の可能性の大きさに驚くと同時に大いに励まされています。また、私は、その競技会の映像を見て、宮崎氏が、「本当に走っている」ことを確認して改めて驚きました。実は、そのニュースに触れた時、内心、もしかしたら、100mの「速歩き」ではないかと思っていたからです。砲丸投げも、「砲丸落とし」のようなものではないかと思っていましたが、見事に「投げて」おられたので、これにも驚いてしまいました。
 「走」と「歩」は明確に違います。「歩」は、常にどちらかの足を地面に着けた状態での体の移動の仕方であり、「走」は、両足が同時に地面を離れる瞬間のある移動の仕方を言います。どんなに早く移動しても、常にどちらかの足が地面に着いていれば「歩」ですし、どんなにゆっくり移動しても、瞬間でも両足が同時に地面を離れれば「走」になります。歩く速度をだんだん上げていくと、ある時点から歩くことができなくなって走って(跳んで)しまいますが、一部の地域で「走ること」を「跳ぶ」と呼んでいることも、なるほどとうなずける話です。
 「歩」と「走」は、筋肉の働きが違うので、その移動速度の違いが、そのまま、それぞれ同じような体への刺激や負担になるということではありません。
 筋肉(骨格筋)は、ごく細い白筋線維と赤筋線維が混在した筋線維の束でできています。(毛糸のようなものです)白筋線維は力やスピードに優れているが持久力は劣り、赤筋線維は持久力に優れているが力やスピードに劣るという性質を持っています。
 人によって骨格筋を構成する白筋線維と赤筋線維の比率が違うので、そのことが、運動能力の素質の違いの一つの大きな要因になっています。
 常にどちらかの足で体重を支えながら緩やかな速度で移動する「歩」は、主として赤筋線維の収縮によって為されますが、体を地面から跳ね上げる「跳ぶ」動きである「走」は、スピードが上がるに応じて、筋収縮の働きが赤筋線維主体から白筋線維主体へと変わっていきます。2時間以上走り続けるマラソンは赤筋線維の占める割合が多く持久能力の高い人が有利であり、短距離走では白筋線維の占める割合が多くて筋力やスピードの能力が高い人が優れています。一人が両方の能力を兼ね備えることができないため、100mのチャンピオンが同時にマラソンのチャンピオンなることはできないのです。
 加齢によってすべての身体機能は低下していきますが、骨格筋では、特に白筋線維の低下が早く進むため、持久力より筋力やスピード・瞬発力が早く衰え、そのために歩く能力より走る能力の方が早く衰えます。また、「走」では、着地した瞬間の荷重が、速度が上がるにつれて増大し体重の数倍になることもあります。健康づくりの運動は、まず傷害を防止することが第一ですから、特に高齢者は「走」より「歩」をお勧めします。
 宮崎氏は、体力だけではなく、顔の艶、表情、語り方とその内容などどれをとってもとても105歳とは信じられませんが、特筆すべきことの一つは、彼が92歳から走り始めたということです。実際、シニアやグランドシニアのいろんな競技会で活躍する人たちは、若いころに活躍していた人より高齢になってから競技を始めたという人の方が多いようにすら思えます。ゴルフのエージシューター(年齢以下のスコアーを記録した人)は、若いころから上手かった人より、60歳ころから始めた人の方が圧倒的に多いことが知られています。
 これらの事実は、すべての高齢者にとって、何にも勝る希望と勇気と元気を与えてくれるものだと思います。もう「歳だから…!」という言葉は今すぐに封印いたしましょう!  今すぐに、何かできる運動から始めてみようではありませんか!!

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