随意随想

『荒野を拓く(ひらく)老人クラブ』

大阪ソーシャルワーカー協会会長 大塚 保信

 「村の渡しの船頭さんは、ことし60のお爺さん、年は取ってもお舟をこぐときは、元気いっぱい艪がしなる、それギッチラ、ギッチラ、ギッチラコ」、我々世代ならだれもが知っている長閑な日本の情景を歌った武内俊子作詞の童謡である。ところが意外なことにこれが戦時歌謡であったことは今では殆ど知られていない。発表されたのは、あの太平洋戦争開戦を5か月後に控えた昭和16年7月であり、2番の歌詞は「雨の降る日も岸から岸へ、ぬれて船こぐお爺さん、今日も渡しでお馬が通る、あれは戦地へ行くお馬」、さらに3番では「村の御用やお国の御用、みんな急ぎの人ばかり、西へ東へ船頭さんは、休む暇なく舟をこぐ」と続く。戦時歌謡が戦後も歌い継がれたのは、その後2番以下の歌詞が峰田明彦氏によって書き直され一般向きの童謡として多くの人に親しまれるようになったからである。ひと昔前にあちらこちらで見かけたのどかな日本の原風景を想い起こさせる童謡が戦時歌謡であったことにも驚くが、その一方まだ60歳の船頭さんをお爺さんと呼んでいたことに今更ながら認識を新たにした。厚生労働省の「簡易生命表」によれば男女とも平均寿命が50歳を超えたのは戦後の昭和22年で、男性50・06歳、女性53・96歳という記録がある。それゆえ戦前の60歳をお爺さんと呼ぶのもそれほど違和感はなかったのであろう。私のように戦後の貧しい時代を知る者は今や少数派に属するようになったが、その後の食生活の改善、住環境や衛生面への配慮・向上等により平均寿命は飛躍的に伸びた、有難いことである。ご存知かと思うが平均寿命というのは、罪なき多くの人々の命を奪う戦争とか極度の凶作や疫病等が全国的におこらないと仮定して、その年に誕生した赤ちゃんが平均的にあと何年生きられるかを表したものである。ともあれ平成26年度厚生労働省の調べによれば男性の平均寿命は80・50歳、女性は86・83歳まで延びた。再度断っておくがこの数字はあくまでも生まれたばかりの赤ちゃんを対象としたものであり、今年80歳の男性が「あと半年か」と心を細めるための数字ではない。年を重ねるほどに平均余命は延びる、超高齢者の欄に目を転じれば現在105歳の高齢者であってもその後数年間は余生を送ることができると統計数字は示しているからご安心あれ。しかしながら世情不安な戦前のように、時の政治指導者の誤った判断で無謀な戦争でもしようものなら平均寿命はガクンと下降することだけは肝に銘じておかねばならない。

 ところで村の船頭さんの歌に戻るが、平均寿命がまだ50歳にも達しない時代に、お爺さんと呼ばれていようとも60歳でありながら現役として仕事をこなしていた歌の背景にこそ目を向けるべきではなかろうか。多くの企業は今でも60歳を退職年齢と定める会社が多い。75年前に60歳の船頭さんがいきいきと働いていた歌を思い起こすにつけ、当時とは比較にならないほど今の60歳は体力や気力に恵まれており、これまで積み重ねてきた経験や知識・知恵が円熟する頃に「はい、ご苦労様」と繋がりをプツンと切ってしまうのは何とも勿体ない。もう俸給や地位にこだわることなく、急速に進む少子化時代を支えていく新たな任務もありはしないか。しかしその一方、仕事ばかりが人生ではない。心身とも解放されて趣味やスポーツを楽しむのもよし、得意な分野を活かして社会的な活動に参画し新たな文化を創っていくのもまた意義あることである。

 老人福祉法には意外と何歳から老人とするという定義はなく、福祉サービス(措置)の対象者として一般的には65歳からと認識されている。ところが僅か10年後の75歳になるともう「後期高齢者」と法的に位置付けられる。75歳といえば、ようやく「人の歩む道」が見えてきた年齢に達したに過ぎず、言わば円熟期の入り口にさしかかったに過ぎぬ。むしろようやく「高貴高齢者」の域に達したというのが相応しいかもしれぬ。老人クラブ会員の平均年齢も75歳前後ではなかろうか。まだ茶の間のテレビが白黒時代であった頃、「ローハイド」と題する西部劇が毎週放映され人気番組であったのをご記憶ではないだろうか。カーボーイ(牧童)達が共同生活を営みながら、多くの困難と立ち向かい3000頭の牛を引き連れ広大な荒野を突き進んでいく物語である。「ローレン、ローレン、ローハイド」という主題歌を記憶されている方もいるに違いない。カーボーイは武器として腰に拳銃をさげているけれど、老人クラブに在籍されている会員や役員さんには永年にわたり培った豊かな経験と湧きいずる智恵という得難い武器がある。参画されている会員の意気は高く、特異な力量を発揮されている役員さんもよく知っている。活動が停滞して荒野にさまよっている老人クラブがあるとすれば、今こそ伝統ある大阪市老連の出番である。「ローレン、老連、大老連」と声を大にして共に一歩一歩前進しようではないか。

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