随意随想

世界の好事家―国際ユーモア学会のこと

関西大学教授 森下 伸也

 International Society for Humor Studies、略してISHS、訳して国際ユーモア学会という、聞くだに愉快げな学会がある。容易に想像されるとおり、ユーモアに関心を持つ世界中の研究者が集って、ユーモアについてあれやこれや丁々発止しようという面白い学会である。発足したのが1976年だから、もうじき50年になる。

 Studiesと複数になっているのにはいささかわけがある。研究対象のユーモアがきわめて多面的な性格を持つ甚だややこしい現象で、学問的にとうてい一筋縄でいかず、諸学問の知恵を集めて多角的にアプローチしなければならないからだ。そのためこの学会は単に国際的であるのみならず、これ以上ないほど学際的な性格を持っている。ISHSでは年に4回その名も“HUMOR”という学会誌を刊行しているが、開いてみれば、哲学、文学、言語学、歴史学、心理学、社会学、民俗学、人類学、動物学、医学etc.とまことに多彩な専門論文が載っている。たとえば「笑いの哲学史」「フランス・ルネサンス文学のユーモア」「だじゃれの構造」「中世キリスト教における笑いの禁止」「ユーモアの心理」「笑いの社会的機能」「村々の艶笑譚」「カーニバルと道化」「チンパンジーは笑うか」「笑いは健康にどういいか」てな具合。もちろん全部英語である。

 あたりまえだが、学会大会も年に1回、たいていは6月から7月に世界のどこかの大学で開催される。だいたいこんなスケジュール。初日は記念講演とレセプション。遠路はるばるおいで下さいました、という歓迎会だ。2〜4日の3日間が、研究発表と討論。なにせ学際的なので、テーマをいくつにも分け、一人30分の持ち時間、同時進行で5つも6つもの部屋で朝から晩まで談論風発のセッションが繰り広げられる。よくそんなにネタがあるなあと驚かれるかもしれないが、いざ研究してみるとすぐわかる、ユーモアは研究すればするほど謎が広がり深まっていくテーマなのだ。そして最終日の5日目。これは最後を飾って全体シンポジウムが午前中にあり、午後からは行く先をいくつかに分けて親睦のエクスカーションに出かける。ユーモアという学会の性質上、途中合間を縫いながら、ジョーク合戦や手品のパフォーマンスのようなお楽しみの時間も設けられる。

 研究発表や質疑討論のレベルは高いが、その気になればだれでも発表できる。学会の正会員に発表の権利があるのは当然だが、会員でなくても臨時会員となり、発表の予審に通りさえすれば誰でも発表できるのだ。

 私はこれまでに5回参加したことがある。最初は2000年。この年は、ISHSが関西大学で開催された。私はこれに呼ばれて、なんと、全体シンポジウム「東洋の笑いと西洋のユーモア」chairmanつまり司会を任された。もちろん会議はみな英語である。何が無謀と言って、ユーモアの達人たちが英語で討論するのを、さっぱり英語が聞き取れない私に交通整理せよというのだ。シンポジウムが始まると、恥ずかしながら予想通り、何が何だかさっぱりわからない。でも大して心配はいらなかった。横に同時通訳の巨匠がいて、私の代わりにどんどん討論を仕切ってくれ、あっという間にシンポは成功裡に終わったのであった。

 大阪大会、いかにもよかったのは最終日のエクスカーション。世界から大阪に集まった笑い好きの皆さんを、どこへお連れするのがいいか? そうです、それはあそこしかありませんわな。そうです、なんばグランド花月! 狙いは大成功で、日本語がさっぱりわからない皆さんが、なぜかコテコテ大阪弁の吉本新喜劇に笑っていたのが印象的であった。

 私が次に参加したのは、2002年ボローニャ大学(イタリア、ヨーロッパ最古の大学)での大会、次は2008年アルカラ大学(スペイン、セルバンテスの故郷)での大会、次は2011年ボストン大学(アメリカ)での大会、次は2014年にユトレヒト大学(オランダ)での大会である。ただ参加するだけではもったいないので、ちゃんと研究発表した。ボローニャでは「初めに苦笑いありき」というユーモアの原理論、アルカラでは「日本の笑い祭」という日本人もあまり知らない民俗行事、ボストンでは「日本最初の笑い」というアメノウズメノミコト論、ユトレヒトでは「なぜセックスは笑えるか」という艶笑論であった。いずれも皆さん、浅学の発表を楽しく聞いてくださって、英語のできない私はホッとしたのであった。

 去年は2002年と同じボローニャ大学での開催が予定されたがコロナ禍のために延期となり、あろうことか今年もボローニャ大学大会はコロナのせいで中止となってしまった。笑ってばかりはいられない。残念無念コロナはこんな意外なところにも打撃を与えているのである。早くユーモアがコロナ禍から解放される日が来ますように。

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