随意随想

「古希に挑む夢」

大阪体育大学教授 大塚 保信

いい年をして、今さら誕生日を喜ぶこともないだろうと言われるお方もあろうが、たいそうな祝い事をするわけではないが、夫婦ともども毎年の誕生記念日をさまざまな思いをこめて迎えている。ことに今年は私が古希にあたり妻が還暦をひと迎えたので思いは一入である。

70歳はもう立派な高齢者であり、どんなに若ぶっても装ってみても年齢を偽ることはできない。

それどころか頭は白髪で、サザエさんのお父さんほどではないが残り僅かな分量がへばりついているばかりで、そのうえ眉毛はサンタクロースのように真っ白であるから、どこからどう見ても容姿はまごうことなき高齢者そのものである。

その昔には70歳まで生きる人は少数で、古来稀な存在とされた時代もあったであろうが、そのような時代でも古希はまだ長寿の仲間には入れてもらってはいなかったようである。

年齢に長寿の証である「寿」がつくのは77歳の「喜寿」からであり、それから「傘寿」、「米寿」、「卒寿」、「白寿」と続き100歳で「百寿」を祝うことはよく知られている。さらに108歳を「茶寿」といい111歳を「皇寿」と呼ぶのをご存知の方は余程の事情通であろう。

ともあれ、加齢といえば心身機能が衰え感覚も鈍くなるなどのマイナス面ばかりが取り上げられるが、必ずしもそれは真実ではない。「あっ雨が降ってきた」と誰よりも早く傍らにいる妻に伝えるのがいつも私の役割である。

加齢とともに髪は薄くなる一方だが、そのお陰で頭皮に直にあたる雨粒をどんなに小さくとも瞬時に感じることができる。

科学の粋を凝らし天気の移り変わりを予報するアメダスよりずっと早くしかも正確に伝えることができる。

また年を重ねることで思わぬご褒美を頂戴することもある。根っからの大阪市の住人であるので先々月から地下鉄やバスの無料パスも使用することができ、美術館や博物館へ入場する際にも特別な配慮がなされ、この年になって久し振りにお年玉を貰った気分に浸っている。

実は交通費の割引について、学生割引があるのになぜ老人割引がないのかと訴え、家に閉じこもりがちな高齢者に社会への参加を促す意味でも是非実行願いたいと、30数年前に国会議員を通じて提唱したのは、恩師とともに行動をおこした若き日の私と高齢者のグループである。

その運動がやがて国鉄時代の「フルムーン割引」を実現させ、JRの「ジパング倶楽部割引」につながっている。それゆえ老人割引運動に源をもつ無料パスが送付された日は、30年間の重みと感慨をもって受け取った。と同時に逼迫する大阪市の財政を慮り、有意義に活用せねばとの思いを深くした。

今年の「随意随想」2月号に、退職の日を迎え自由の身になったら果たしたい夢がありそれを語ると約束をした。それは、ある人の言からヒントを得た1年がかりの計画である。

まずは大河ドラマで評判になった篤姫の生誕地である鹿児島に3月の半ば過ぎに出かけ、そこを基点に心の赴くままゆったりと時間をとって宮崎県、大分県、 福岡県と歩を進め、本州へ渡って山口県、広島県とさらに北上し5月中旬ごろに北の大地・北海道に到着する。

ここまで説明すればもうお分かりの人もいるであろうが、その通り桜前線を追っての贅沢な長旅である。贅沢はまだ続く、5月から9月半ばまでは北海道に留まり、たらふく美味しいものを食し温泉三昧の3カ月間を過ごし、やがて頃合をうかがって今度は青森県、秋田県、新潟県と日本海廻りで南下して11月中旬に出発地点の鹿児島にたどり着く、言わずとも復路は紅葉を求めての旅路である。

中古の軽自動車を購入してキャンピングカー風に仕立てて時々寝泊りすれば宿賃も安くつく計算である。

そんな夢みたいなことをと失笑を誘うことはもとより承知のうえである。しかし随意随想の同号でスコッチウイスキーでお馴染みのオールドパーが152歳まで長生きをし、しかも驚くような人生体験をしていた話をご紹介したが、それに比べ70歳といえばまだその半分にも満たないのだから、やってできないことはあるまい。あとは実行するかしないかだけのことである。これが実現すれば少しは古来稀な人に近づけるであろうと思っている。

決まり文句のように、加齢とともに心身機能は進化することなく坂道を転がり落ちるように衰退すると言われる。その摂理を少しでも崩すことに挑戦してみようと思っているが、挑戦するまでもなくもう既にその摂理が誤りであることを私自らが証明している。

加齢とともに一層頭髪が薄くなる我が優秀なアメダスは今後さらに精度を増し進化し続けるであろうから。

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